160202 京都で考えたこと

先週の金曜日、仕事を定時に終え、
京都へ向かった。
尊敬する先生の授業を参観するためだ。

オープンスペースなので、
いわゆる廊下というものが無い。
共有スペースから、そのクラスの雰囲気が伝わってくる。
先生はそこにいらっしゃった。
私達の顔を見ると、少し驚かれていた。
「先生がおっしゃる、最強の女子を見に来ました」
そう私が伝えると、
「ああ〜」
といつもの表情で応えられる。

授業の前に、モジュールを見せていただく。
英語のリズムが心地よい。
声にハリがある。
素晴らしい声だ。
一人一人が無理無く普通にハキハキと声を出している。

もう、これだけで全てが伝わってくるのだ。

やらされている感が全くない。
一人一人が当たり前に声を発する事ができるのだ。

やはり教師の力というのは、
確かにあるのだ。

私はこの域に達する事ができるのだろうか。

教師が子どもの力を引き上げるのではなく、
教師が子どもの力を掬い取るという
イメージだろうか。

ねらいは明確に、
手立ては用意周到に、
焦らず、ゆったりと構えて。

あの先生の背中は、遥か遠いかもしれない。
でも、諦めずに一歩ずつ歩んでいくしかない。